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深海の底から

ゲームやら艦これやらエンターテイメントやら

ブラウザ版艦これの破綻:ゲームシステムが迎えた攻撃の限界点

要素は間違ってないけども

 

こんだけシステム積み上げたら何やってもバグるし調整失敗するよそれは

Jenga Repair Bot

  当たり前だけど、できることとやりたいことはどこかで折り合いをつけないといけない。

 無限に時間と労力があるならどんなことだってできるけど、世の中そうはうまくいかないわけで。
今年は春から秋からいつもどおりに輪をかけて酷いけど、とにかく艦これ運営はできることとしたいことが折り合いがついていない。
 ほぼ確信を持って言えることだけど、これから何年どうするか、最短でも1年どうするか、いやいや先は見えないから半年先は、といったプランニングを普通すると思うのだけど、「したい」事に関するプランニングはしてるけど、「しなきゃならない」事に関するプランニングはあまりしてないんじゃないだろうか。
 なんでそんなこと断言できるかかって?
 そりゃ簡単で、イベント毎にゲームシステムが新しく積み重なっていく。そんな状態、限られたリソースでゲームバランスは取れない。だからどこかでシステムは削ったり、後半になったらそのシステムは陳腐化してプレイヤーや開発の負担をコントロールしなきゃならないわけですよ。そういうのしてないどころか、いつもイベントは総力戦とばかりに今まで出てきたシステムありったけぶち込んで来るでしょ。
 (追記)
 プランニングに関してはいつまでも来ない信濃とか
 

国力に見合わない戦争拡大を続ければどこかで破綻する

Japanese Transport under attack during the Battle of the Bismark Sea

 最初のシステムを1として、そこに新しいシステム2を足すとする。そうなると調整は1と2の間で必要になる。
 では次にシステム3を足そう。では調整はいくつ必要だろうか。2? いやいや、1-3、2-3に1-2の調整ももう一度見直さないと。更に全体調整がいるから四つとか五つになるかもね。
さてそこにシステム4を足そう。さあ調整はいくつ必要? どんどん増えていく。要素が増えれば増えるほど、チェックしなければいけない物事はねずみ算式に増えていく。
 これ全部調整しようと思えば開発に必要なリソースはどんどん増えていく。開発に必要なリソースと、開発可能なリソースというのはどこかで折り合いをつけなければいけないわけで。「ムリなものはムリ」としないと、チェックが甘くなってバグや調整不足なものをプレイヤーに提供することになる。
 あんまりいい例えとはいえないかもだけど、最近の艦これのイベントはプレイヤーにすごく旨い料理を作ってやるからなと0から制限時間30分内なのに本来丸一日仕込みが必要な料理を提供しようなんて見えてる地雷もいいところなことをやっていて、やはり仕込みは時間を設けて前日からしっかりとやるか、30分でできる範囲の料理に変更するか、そういう差配をしなければならない。結局してないんだけれども。
 その結果が夏イベ秋イベの甲乙丙難易度で、難易度を選択したはずなのに、なぜ ダブル戦艦棲姫が全難易度ででているのか。フラヲ改が全難易度で出てくるのか。こちらは単艦隊で向こうは連合艦隊。調整できてりゃいいけどさ、E-4甲の無茶っぷりや、制空がどうしても取れない編成がE-5にあるとかさ。調整ができているできてないは運営のさじ加減だとしても、ちょっとねぇって。
 

100万階建てのビルディングの建設

building-mountain-20130228

 要素が増えるほど調整の必要性は増えていく。一本道シナリオは調整がしやすい。だから大体のツクールアマチュア作品とか、昔のファミコンゲームは一本道だった。それでも調整に失敗し、バグや仕様の穴を突いたテクニックがプレイヤーによって見出されていく。現代のゲームはさらにグラフィックやシステムが昔よりも更に高度化しており、調整やデバッグに費やさなければならない時間は増えに増えている。オープンワールド系のゲームだとバグの展覧会になるだろう。オープンワールド系のゲームだとバグを潰すのは一苦労だろう。ベセスダゲーでバグや不整合が出るなんてのは日常茶飯事だし、その事自体はオープンワールドの楽しさとのバランス次第。別にバグがあるから、調整できてないところがあるから、抜け穴があるから悪いゲームになるわけじゃない。その間隙を巡って、バグ技や疑惑の判定を利用したタイムアタックが存在するわけで、それ自体は別に悪いことじゃない。

ch.nicovideo.jp

www.nicovideo.jp

 "ちゃんとゲームとして動けば”だけれども。

jp.automaton.am

 オフゲーはそれで終わり……というわけにも最近は行かない。オンラインゲーではなおさら。パッチを当てたり、アップデートをしたり、そういった抜け穴を潰したり、新しいシステムを追加しないといけない。足し算、足し算、足し算……結果の掛け算。その結果できあがる百万階建ての建て増しのシステム。作業量が増えれば増えるほど、調整は甘くなる。当たり前の話。

輸送任務マップ、ギミック:それマップ一枚増えてますよね

Double

 中規模ってなんだったんだろうね今回。

 特に最近よく出る輸送任務→撃破マップだけれども。1-1くらいのが2つならともかく、ガッツリした攻略が必要になる局面が2つっていうのはそれ実質2マップなわけですよ。そこに文句があるないは今の論点ではないから置いておくとして、1マップ増えればとうぜんその分の調整作業量は増える。

 ギミックについてもこれはもう少し軽めだけど要は1マップ増えてるようなもので、特に今回のE-5なんかそうだけど、Aを何回か叩く必要があって、それで出撃位置が変わるとかそれもうマップ一つ増えてるような作業量となるわけで。

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甲乙丙難易度システム:リソースの大食い

arcadia11.hatenablog.com

 「初心者が気兼ねなく楽しめ、かつ上級者でも手応えを感じられる難易度」を実現することは、多くのゲームデザイナーにとっての目標である。

 しかしその緻密な調整を1つでも誤れば、ゲームはベイビー向けに簡単になるか、発狂待ったなしのイライラ棒になるかの、いずれかに着地してしまう。

 そこで妥協案として導入されたのが、最初から複数の難易度を用意したり、ゲーム途中で難易度を調整できるオプションを残し、後はプレイヤーの意志に委ねる案だった。

 だが、これはプレイヤーからすれば「妥協」というよか「放棄」に近い。実際問題、1つの難易度の調整さえ妥協するディベロッパーが、4つ以上の難易度をそれぞれ調整するなど不可能な話であり、その結果「どの難易度もクソ」という結果に陥りやすい。

 つまるところこれであって。イベントの全てに対して3倍の調整作業量が必要となるわけだ。自分の仕事が三倍に増えるとしたら、まあ、ねえ。甘くなるよね、調整。

 

出撃制限、史実再現:「物語」を押し付けるためだけに損なうリソース

Bound

 劇場版艦これを見た人ならイメージは付きやすいんだろうけど、イベントの出撃制限はつまり「○○艦隊は敵を北に誘引」「○○艦隊は敵補給基地を撃破」「本隊は中枢に突入せよ!」というのをやりたいんだろう。それも史実に関係する艦で。非常に魅力的な「物語」で、うまく行けば燃える展開になるだろう。

 うまくいけばね。

 うん。うまくいくわけないんだこれが。だって3枚札をつけるとしよう。「間違った選択をすればゲームは積む。異論は許さない」と言う訳にはいかない。3枚札それぞれで間違った選択をしてもクリアできるようにはしよう。まあ作業量は2倍以上にはなるだろうね。史実再現組を使ってしまった人にも当然クリアはさせないといけないわけだから。作業量はもっと増える。

 これ、うまくやるのはかなり大変だ。結局今回E-5はオーバーロード組が大ダメージ叩き出す大味な調整になって、E-5をクリアするためにオーバーロード組が欲しければE-5ボスを叩くとか、長門を入れると潜水艦ルーレットをどうぞという、それはちょっとどうかという調整が入っている。

 根本的に艦隊これくしょんというゲームはドンパチゲーと認識していて、ボコスカやる大味な調整はきらいじゃない。けども、なんかこう、時間なかったの? って聞きたくなるような感じがある。

 

基地航空隊:リソースを食らうリヴァイアサン

Leviathan

 基地航空隊の仕様は本当に最初に見たとき面くらい、そしてこれは大変だぞと思ったものだ。大雑把に道中支援や決戦支援のような形で来るのであれば、それこそ既存の支援の調整の延長線上なので、作業量的には増えるだろうが、現行の形よりはマシだろう。現行の形だと、どこに配置するか任意で選べる形になっており、このお陰で一マス一マスもし攻撃機が割り振られたらとか迎撃機が割り振られたらとか考えなければいけないようになっている。その結果何が起きてるかというと「ギミックのために迎撃しておく」「基地航空隊はボスマスに全力出撃しとけばいい」がセオリーのまーた大雑把な調整になってしまっており、折角のシステムがあまり生きていない。それでも、難易度の高いマップでは基地航空隊が来ても楽にならないように調整しないといけないわけで。「持て余している」という感じが、すごく、する。

(追記)

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 E-4のAB(基地航空隊)って多分ギリギリまで入れるか入れないか迷ったのかしらね。

じゃあ、運営にリソースはあるか

 一括解体も実装できてない次点で余裕ないよね。

 こういうことが積重なって、そして艦これ改やアンドロ版の開発や更新が待っているとすると、もう、いっぱいいっぱいなんじゃない? 現場って。そもそもアンドロイド版がFlashをアンドロイドで無理やり動かしてるだけだったりするので、なんかこう、リソースを拡張しようって気は、あんまりないんじゃないかな。

だから歌おうハンマーソング

12 Daruma Otoshi

 

 だから、イベントで全部全部やる必要はないのだ。中規模だと行ったのなら中規模でいいし(そこで不満言った人は見かけないし)、連合艦隊が今回なくてもかまわないのだし、史実要素がなくてもそれで良いのだし、札がなければのびのびやれるのだし。艦隊これくしょんはゲームである。だから実際の戦争と違って敵は居ない。大きさは運営が選んで良いのだ適切な範囲を選び、練り込んだ調整で楽しませてくれればそれでいい。楽しませようとして色々盛り込もうとするのは双方の不幸しか産まないのだから。

 楽しませるのであれば、ときに引き算も必要ということを運営にはわかっていただきたい。

 通常海域も開発建造も、改二実装も、もっとテンポアップしてほしい、という見方もあるのだ。だってイベントだけが艦これじゃない。そう思わないかい?

ところで

 そういえば艦これを動かしているFlashがそろそろブラウザからサポートを打ち切られ始めるわけですが、

【豆知識】Google ChromeがFlashのサポートを打ち切りへ!そもそもFlashってなに? | かみあぷ – iPhoneひとすじ!

html5なり、Unityなりに移行する気があるのでしょうか。もし移行作業中だっていうのなら、やっぱり今回のイベント、規模を縮小すべきだったんじゃないっすかね。

 

 

艦これアーケード「見学」レポート

 朝一とか無理です。

 「艦これアーケード」のロケテを見学してきました。本来なら褒められたことじゃないけれど、おおよそどういうものだったか書いておきます。とは言え、正確なところは身近な試遊した方に伺ってくださいね。

外観

www.inside-games.jp

 聞いた話によると、最近は大型筐体は嫌われる風潮にあるとかで、上の記事にあるとおり良くある大きさの筐体に操舵輪と速力調整バー2つにボタンという結構シンプルな見た目。最初はかなり寂しくない? と感じたけど、ゲームプレイを見ている限りそうでもないようで。

戦闘システム

youtu.be

 これみたらええやん。という野暮は置いておいて。

  • 海域フェーズ

 海域突入直後はRTSにシンボルエンカウントを混ぜたような、索敵をしつつ艦隊を目的地まで移動させるフェーズになる。この時策敵してないと撃破目標ではない別の艦隊が現れて、接触すると戦闘フェーズに突入する。

 この時方向を変えたり速度を変えたりすることで、戦闘を避けることも可能なようだ。四隻以上居ると陣形も変えられるらしく、明示的に戦闘を行うか避けるかはプレイヤーの腕次第といったところ。ここで割りと興味深いのが疲労艦種による速度の違い。速度を上げれば逃げやすくなるが、その分疲労が溜まりやすくなり、命中や回避に影響が出るそうで。そうなれば、撃破目標まで速度を上げずに移動する工夫がプレイヤーに要求される。また、見た限り空母などの大型艦に現れたのだけど、大型艦と小型艦が混じった状態で速度を出し過ぎると、大型艦が置いてかれて陣形が崩れたり組み直せなくなったりするようだ。どこまでバランスが設定されているかは不明だけれど、大型艦は戦闘を有利にするが、戦闘を避けるのが難しいようになっているのではないだろうか。その分索敵をしっかりやってと言う具合か。

 その一方で海域を移動中、キャラに触れるらしい。存外にやることや考える事は多いようだ。

  •  戦闘フェーズ

www.youtube.com

 単艦じゃなく、艦隊を扱うカジュアルでスピードの速いNAVYFIELD2っぽい感じ。(そこまで言うと別物になってるけど)

 赤丸エリアで表示される敵攻撃予測地点を避けながら、T字有利不利などで追加効果が発生するので相手の頭を押さえるために操作するようなのだけれど、敵ばかり見ていると敵攻撃への対処が疎かになったりするように視線が結構忙しい。四隻程度の単縦陣でも最後尾の艦が逃げ遅れて被弾することが結構発生していた。慣れてないと大変なようで、一方複縦陣を組むと被弾が減るのだろうなという感じがする。

 ブラウザゲームだと六隻前提だけれど、単艦のほうが回避しやすいような感じがする。もちろん六隻いれば攻撃力は増すので、そこはバランスだろうけど。

 「主砲」「副砲」「雷撃」「航空」という攻撃方法を選択するのだけど、それぞれレンジと特性が違うようで。この辺は触ってみないとわからないのだけど、軽巡駆逐だと主砲では短いレンジで小ダメージだけど、雷撃だと大ダメージと言ったような性質の違いが見える。戦艦や空母の攻撃力は流石といったようだけど、攻撃頻度なんかに制約がかかっているようで。おそらくここに装備の要素も入ってきそうだ。

 全体的に何かすると特性を理解して場面によって使い分ける必要が出てくるので、相当忙しい。砲撃や雷撃のたびに割りと通常ならかったるいレベルのカットイン演出が入るのだけれど、この間が状況を整理したり目先の戦術を練るインターバルになっており、想像よりテンポは悪く無い。ただ、砲撃に牽制的な意味があるのかはわからないけど、戦闘終了まで軽巡駆逐の小ダメージだと砲撃カットイン演出が頻出するのでそこはテンポ悪いなとは思った。

 ここまで、じーっと見てただけの感想なんで一切のことはわかりません

 それに、ロケテでは序盤海域しかわからないわけで、後半の敵空母や戦艦が出てくるとどうなるかは未知数でもある。

母港

 ユーザーインターフェースブラウザゲーム版のものをより使いやすくアレンジしたものなので、ブラウザゲーム版に慣れてる人ならすぐ扱えるようになるとは思う。何しろ編成画面で全補給から出撃まで全部できるので、ブラウザゲーム版のUIよりかゆいところに手が届く仕様になっている。装備や編成も、アリスソフトっぽいドラッグアンドドロップ形式でわかりやすくなっている。入渠だけが資材を消費するため、若干手間がかかるようになっている。編成画面で無条件一括修復とかあればいいかも。

 が、この母港時にBP。つまりお金で買う時間がぽこじゃが減っていくので、開発したり編成したり書記艦触ったりで忙しい。特に書記艦触ったり回したりが本当に忙しい

 だって動くんだもん。

 BPの消費に関して忙しいのは、アーケード経営を考えるとどうしようもない気がする。というより思ったのが、回転率悪そうだなこれって印象。今回ロケテも一人30分と相当長かったけど、多分一時間位なら余裕で専有できると思う。実際やってる人もBPの追加購入ができるのならもっとやりたいような空気があった。ほっとくと連コして延々やってそうな気がする。特に私。流石にある程度やればそこまでやりこまなくなるだろうけど。

 だから、海域ドロップで何がドロップするかわからない状態で100円要求されるのは結構キツイと思う。レアがほしければ掘りをすることになるのだろうか。建造だとクレジットを要求されないけど、資材はどうやって増やすんだろうねアーケード。

 これは是正して欲しいけど、ある種どうにもならない感じがする。ただでさえ延期で各ゲームセンターの経営計画に支障を与えている以上、艦これアーケードは絶対に儲けさせないといけないわけで。

 でも、ダブリや狙った艦が出ないことで艦娘にヘイトが向くことは大型建造などでよく見られることなので、可能なかぎりやめてもらいたいが……。実態のあるカードのデメリットとも言えるけど、ダブリが何十枚も重なると仏の顔もサードインパクトだろうから。ここは何か考えてほしいなあと思う。

 キャラモデル

  動いているだけで満足してしまった人間に何聞いても無駄だから他の方に聞いて下さい。

 女神転生3で金子一馬絵が3Dになった時のもなんだこれ神か感再び。

 あ、ただ登場後に時雨がいつものグラのポーズ取ったり、大破でいつもの大破ポーズ取った時は流石にふふってなりました。

 キャラコンテンツとしての懸念

 一方大丈夫か? とおもったのが既存ボイス既存絵

 ゲーム内で十分再現しているので、カードの方はセガの方で別のイラストレーターに発注した絵を使用しても構わないと思うのだけれど。どうも頑なに既存絵を使っているのが非常に気にかかる。カードは実態があり、収集したり飾ったり眺めたりする楽しみがあるのだと思うけど、それに耐えうるとは贔屓目に見ても言いがたい。

 既存ボイスは割とすぐ問題視されると思う。様々なシチュエーションに、既存ボイスを切り貼りしたものを使用しており、問題自体はないのだけれど、バリエーションに欠けるきらいがあるのは仕方ないので「またそれか」という気分になる。戦闘中大破した艦を気遣うようなシーンもあるので、もったいないなぁという気分。

 親の顔より見た聞いたいつものも悪くないんだけど、アーケード独自の路線も進んで欲しいと個人的に思う。

結論

 何度も言いますが、見学しただけなので触ってみたいとわかりません。おもしろそうなのでやりたいですはやくかどうしてください。

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ああ^~

 

 

 

 

全員を不幸にさせ続ける「艦これ」の「難しさ」

巷で溢れてる難しさって言葉、定義はなんだろうね

 よくまあ聞くじゃないか。この難しさは妥当とか、いや適切だとか。それでよく話がもめるけど、難しさってなんだろうね。

 クリアのしにくさ? じゃあ、クリアさせないよう道を狭めれば難しさなのだろうか。そう言われるといやそれは違うという気にもなる。難しいとか易しいとか最初に言い出したのは誰なのかしら。ノーマルって何がノーマルなんだろって考えたら夜は眠い。やっぱり皆夜は寝た方がいい。難しいゲームって難しいままでいいじゃないか。何で難しさを下げたり、上げたりするんだろう。

 簡単だ。ゲームなんだし。楽しむために難しさと言うのは存在する。

 楽しめない難しさというのは、難しさじゃない。個人的に気に入った言葉を引用したい。

というか「なんだよこれ、卑怯じゃないか!」と思われるような要因はできるだけ排除しなければならない。
ゲームの難易度について

 楽しくない。それは単なるゲームとしての失敗だ。だから楽しむためのゲームの「難しさ」は、ゲームバランスの中でも難しい。試行錯誤の歴史の積み重ね。とは言え、どうしてここまで人それぞれ評価が違うのだろうか? ここにはおそらくややこしい物が眠っている。

 なにせ「難しさ」には、種類がある。

この「難しさ」は誰のため?

挑戦するための「難しさ」

Mountaineers at Riedgletscher N°2

 エンドレスであった初代「セガテトリス」のクリアはどこにあったのだろうか。詰まったら? そう、大体そうだろう。テトリスを10分で終えたって、1時間後の超速を捌いて高スコアを叩きだしたって、各個人個人行けるところまで行ったというだけだ。しかしその行けるところが長ければ長いほど、ゲームオーバー後の充足感、人からの賞賛による満足は大きくなるだろう。

 一般的なイメージはこの難しさだろう。ここはメーカー側も時にクリアできるかどうか確認していないということがある。それでもトライしたければどうぞ、ということだろう。ただこの高い難しさ。気をつけないと「物理的にクリアが不可能」というものに人を追い立てることになる。ゲームにおいて、各プレイヤーが自作マップを公開する場合、一回自分でクリアしないと出来ない構造になっているのは、そういう事はよろしくないという、大切な不文律になっている。

 これはいわば、すごいことをやった、すごいことができた、どうだ! ということだ。どうしてそんなことするかって、そういうのは理屈じゃない。できれば楽しいじゃないか。そこに山があるからじゃないけれども、そこにチャレンジするところがある。ならやってみたくなる人間は一人や二人じゃない。7年と5ヶ月頑張る人は流石に少ないだろうけど。


THE HARDEST VIDEO GAME EVER! Dodonpachi ...

怒首領蜂大往生デスレーベルの2-1~2-5緋蜂改の発狂までの動画です。
発売から7年と5ヶ月かかりましたが、先日ついにクリアしました。

 ここのところがわかっていれば、クソゲークソゲーではない。
 わかっていたのが「ハローキティといっしょ!ブロッククラッシュ123!!」。ブロック崩しゲームの枠を超えたおぞましい「難しさ」を持ったためにクソゲーと呼ばれた。 だが、報酬であるイラストをHPで公開し、報酬を無意味にすることで「プレイヤー物語」に特化したゲームに仕上がった。高山の頂上から宝を取り除くことは正解なのだ。高山の頂上に辿り着いた事こそが、何にも代えがたい宝なのだから。無論。登らなかったって、途中で諦めたって、誰も自分もそれを気に病む必要はない。たどり着いた所が各々の宝となる。

 全く不思議なものだ。プレイヤーから宝を取り上げることで、結果全てのプレイヤーが平等に宝を持てるのだ。

その昔、ゲームの楽しさは「難しさ」に集中していた

 昔のゲームが難しかったというのは、データ量や表現の制約から、挑戦するための「難しさ」の充実に集中しなければならないと言う事情があった。純粋なゲームなんだから、自分の行けるところまで行って、そこがゲームクリアだ。「ゼビウス」なんかは濃厚な背景となる物語を持っているが、ゲームとしては純粋なシューティングゲームだ。「大魔界村」も、お姫様を救いに行くゲームだけど、途中でやめることへの精神的ハードルは低い。

 別に途中で、やめてもいい。

 でもゲームは進化した。ゲーム性だけではなく、ストーリーにも幅を持たせられるようにする事もできるようになった。ゲーム内物語の誕生。小説やアニメとは違ったエンターテイメントの誕生だ。バンザイ! さてここで聞きたい。とても面白い本を読んでいて、突然「君はここまでね」と言って本を閉じられたら、どう思う?

その「難しさ」は誰のため?

物語のための「難しさ」と、それを中断させる「難しさ」

 RPGで、大仰に出てきたラスボスが雑魚だったら肩透かしを食うだろう。

 一方で、実は今まで苦労してきたけどラスボスは非常に矮小な存在だったんですよという意味で雑魚だったら盛り上がるだろう。

 でも、「難しさ」としてはどちらも同じ。でも、背景の「物語」が違うのだから、ここで「難しさ」を変えると、「物語」と合わなくなってしまう。かと言って、世界を救わなければならないRPGで強大とされているラスボスを倒すのが乱数次第なんてことになったらイラッとする。今までの道程は何だったんだと。

 挑戦する「難しさ」と物語のための「難しさ」。これは現代ゲームにおいては黎明期よりバランスがシビアになっている。面白いシナリオと、やりごたえのあるゲーム。挑戦に集中するなら「難しさ」を上げればいい。でも素晴らしい物語のある作品で、挑戦を追求すると、何が起きるのだろう。
 その試行錯誤の例が2つある。

  •  キャサリン - CATHERINE - :「難しさ」の全体修正

www.youtube.com

 ※グロ表現注意

  パズルゲーム「キャサリン - CATHERINE -」はアトラスの打ち出した物語と挑戦、どちらの意味でもやりごたえがあるしっかりした実に楽しいゲームである。結婚を迫られるが結婚からまだ逃げたい男ヴィンセントを軸に、謎の女性の登場から話が動き始める。夢の世界で何が? 実に結末が気になる、良いストーリーだ。「難しさ」の段階もイージー、ノーマル、ハードを用意。クリア後のやりこみ要素バベルモードを実装。可能な限り皆さんの要望にお応えいたします。

 しかし、このゲーム。「難しさ」の下限を間違えた。イージーでもクリアできないと問い合わせが殺到し、そのため急遽スーパーイージーという「難しさ」を追加するパッチがでたほどだ。つまり、かなりの量の人々の本を閉じてしまったと言う事だ。私個人イージーでも終盤マップは紙に書いてこれがこうなってあれがこうなってと考えても出来なくて公式サイトで公表されているヒントを見てしまった。そう、公式サイトでわざわざヒントを出さないといけないほどの「難しさ」だったのだ。

どうしても難しい方へ - キャサリンNews

>>いやまてよ。腕を上げればいいだけだろ。
>>そんなに上手くないんだよ。でもストーリーは最後まで見たいんだ。
>>そんな都合のいいことがあるか
>>じゃあ何でストーリーなんて付けたんだよ

 これ、どっちが正しい? 正解は、どっちも正しい。だってゲームなんだもん。楽しみたいじゃないか。楽しむためにゲームやってるんじゃないか。物語か挑戦か。どっちを重視して楽しんでいるか。ただそれだけの違いで、ゲームを楽しみたいと言う気持ちは、変わらない。

 違うんだけど、変わらない。どちらも同じゲームのプレイヤーだ。腕を上げればいいと一言言ったって、時間が無かったりどうしても難しかったり、どうしようもない人は楽しむ資格が無いのか? いや、もうちょっとがんばれよ。そういいたい気持ちはわかる。

 でも考えて欲しい。その資格の基準はどの程度だろう? 開発側がリリースしたバランス? そのバランスの正しさを保証してくれるものはどこにある? その基準が正しい事は、誰が保証してくれるんだろう? そもそも保証されるのか、これ。

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 FPS TPS「Gears of War」は、PVから感じるやるせなさ通り、主人公マーカス・フェニックスと戦争の虚しさ、悲惨さ、憤りを共にしていくしっかりしたストーリーを備えている。「難しさ」をCasual、Normal、Hardcore、Insane という段階を用意。ストーリーだけなら Casual だって楽しめる。物語と挑戦にも配慮したFPSとしてのやりごたえ十分な3部作のゲームだ。

 このゲームも「難しさ」の設定を間違えた。それも、ある一部分だけで。
 「1」のラストで「ラーム将軍」と言うラスボスが登場する。このラーム将軍を討ち取ることでエンディングだ。でもこのラーム将軍。 Casual モード(イージー)でも討ち取るのが恐ろしく難しい。いや本当に。最初にプレイした時はやりこんで Hardcore までは撃破したが、最高難易度の Insane は無理だった。今なら Casual でもやりたくない。

ゲーム、CD他色々レビュー Darkly Review: ミニ攻略 ラーム将軍が倒せない!

  ラスボスということ、三部作の最初であったこと、最悪ハメ技が存在することもあり、「1」の評価はそこまでラーム将軍のせいで悪くなったわけではない。だが「2」「3」で「ゲーム内物語」上ラーム将軍以上とされるキャラは登場しても、ラーム将軍以上の「難しさ」は登場しなかった。開発側は、ラーム将軍の「難しさ」を失敗と判断したのだろう。

あれに比べればラームはかわいいもんだ」

 「2」における主人公マーカスのセリフ。「1」からやってた私は即座にツッコんだ。シナリオの整合性と「難しさ」。物語と挑戦、両方を低下させる事になったとしても、「2」以降ラーム将軍という「難しさ」を排除したのだ。

 でもそれは良い方向に向かった。ラーム将軍はヘイトを集めるどころか歴代最強として尊敬の意を集め、「3」ではとうとうラーム将軍メインのDLCまで出されることとなった。これがナンバリングを重ねるたびにラーム将軍より「難しさ」が高い敵が出てきたら……。あまり考えたくはない。

www.famitsu.com

 挑戦を追いかければいいというわけでもない。物語と挑戦。現代ゲームはこれからこの2つのバランスを取ることに注目されるだろう。例えばゲームで苦戦したところが、うまく苦戦しているという物語であった場合、ラーム将軍というカリスマになる。ラスボスはやはり苦労したい。でもクリアしなければ意味が無い。いやはや、ややこしくなったことだ。

 「難しさ」を追求するだけでは多くのプレイヤーを満足させることは出来ない。じゃあ「難しさ」を消す? それはそれで極端だ。ヌルゲーで良い? そのヌルいの基準はどこにある? その基準が正しい事は、誰が保証してくれるんだろう? 

 結局試行錯誤しつつ、バランスをとるしかない。物語にとって「難しさ」は匙加減が難しい。「難しさ」を下げることは勇気のいることとされる。挑戦したい人たちにとっちゃ、苦労したのにあとから来た人間に簡単にクリアされちゃ、たまったもんじゃない。そう思いたくなる。でも結局、上の2つの例はそうはならなかった。

最大多数の最大幸福を求めないと、誰も賞賛してくれない

Handclap

 そう、勘違いしてはいけない。
 求めているものが違うだけで、お互い同じゲームをしているプレイヤーなのだ。「お前のしてるゲームは糞だ」などと罵られることは、挑戦に対する侮辱だ。だから難易度を下げてでも多くの人がそれぞれ楽しめる事こそが、高い「難しさ」の価値を上げる。だから不安にならなくていい。低い「難しさ」が存在することは、プレイヤーの価値を落としたりしないんだ。むしろ、裾野が広がれば、価値を上げることになるんだ。

 バランス、全てはバランス。難しくなることが悪いことじゃない。簡単になることが悪いわけじゃない。多くのプレイヤーが楽しめないこと。プレイヤー同士がいがみ合い嫌な空気になる。これはもう、まったくもって楽しくない。

 ゲームに難易度が何故あるか。それはそれぞれのプレイヤーに適した「難しさ」を選んでもらうため。そうすると楽しいから。

 そう、楽しめなきゃゲームじゃない。「難しさ」だって、所詮その一つの要素でしかないんだ。楽しみ方は人それぞれ。多くが楽しめた上で、見返りのない突き詰めた「難しさ」にチャレンジするからこそプレイヤーの価値は高くなるんだ。最大多数の最大幸福。ゲームバランスとはよく言ったものだ。では艦これはどう捉えればいいんだろう。

 昔のゲームのような挑戦を突き詰めるものだろうか。

 でもそうじゃ、ないんだよね。

艦これは濃厚で繊細な「ゲームの物語」を持つゲーム

旧日本軍コンテンツが持つ宿命

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  旧日本軍をテーマにしたゲームで、二回目負けたい?

 大体のプレイヤーは首を振る。いくらなんでも、旧日本軍が戦争に負けたことくらい知っている。詳しいことは知らないけど、かつて敗北した軍を率いて、また負けるなんてことは避けたいと願う。

  そうなのだ。艦これを始め旧日本軍をテーマとするというゲーム自体ははじめから「物語」を持たされる。旧日本軍コンテンツという、濃厚で繊細な「物語」を 持つことを強いられる。これから逃げることは許されない。そりゃ、愛国心なんて御大層なものは持っちゃいないけども。やっぱり心情的には思い入れがこもっ てしまうのも仕方ない。にんげんだもの

キャラ収集ゲームが持つ宿命

When Box Cameras go to Heaven... (a collection glimpse)

 それとは別に、過去とか背景とかどうでもいい、キャラを手に入れたい。きゃっきゃうふふしたい。妄想したい。ソーシャルゲームの受ける最大の理由がここで、だからみんなガチャを回す。絶対防衛レヴィアタンにつぎ込んだ金額はちょっと思い出したくないけど後悔はない。可愛いんだ欲しいんだしょうがないじゃないか。わかってるよ、それがデータだってことくらい。

 艦隊これくしょんの人気の根源は、可愛らしいキャラの魅力とか、帝国海軍の再建というロマンとか、そういうゲーム外にある「ゲーム内物語」要素が組み合わさったもので成立している。まーたややこしい話だ。キャラ収集ゲームと海軍は親和性が高いらしい。古今東西、アルゴ号の船首像だの、女が乗ると船が嫉妬するだの、船に女性を見るのは自然なことなのかもしれない。
 だから「これくしょん」して愛でたい。これも言わば「ゲームの物語」の一種で、そりゃ山城が一人で姉の姿を追ってたら扶桑を手に入れたくなるだろう。翔鶴が居ない妹を探していたら瑞鶴を手に入れたくなるだろう。それで楽しんで良い。問題なんて何もない。

 こういった向いている方向が様々なプレイヤーたち。このカオスな状況を見て、肩をすくめて呟いてみたくなる「全てのプレイヤーを満足させるなんて無理だよ」。でもそうじゃない。そんなニヒリズムに浸っても仕方がない。答えはもう言ったじゃないか。「嫌ならやらなくていい。山頂には何もない。登りたい奴だけ登れ」つまり、「嫌なことを強制しなければいい」。

 ただそれだけのことを、艦これが避け続けた結果、皆がいがみ合っている。

「嫌なこと」を強制し続ける艦これ

I hereby volunteer

イベントをクリアしないなら、本の続きは当分おあずけ

 慌てなくてもいつかはこれくしょんできる。
 それは残念ながら嘘だ。13秋の武蔵が大型建造に入るまで何ヶ月かかったか。秋月は? U-511 は? 天城は? 皆気軽に手に入るものじゃない。通常建造に新しい艦娘が加わったのはいつが最後だろう。年四回しかないイベント海域を攻略して、さらに少ない確率のドロップに挑まなければならない。はてさて、これは「難しさ」というのだろうか? 言わないよね。こういうのはただ「ケチ臭い」だけだ。

 トライして僅かな確率を選ばないと取れない。それはさも当たり前のように捉えがちであるけれど、いつ手に入るか全く見えない上に、いざその時が来ても手に入る保証がない。じゃあ、嫌でもやらないと、いけないんだよね。

 結局山道はぶつくさぶつくさいう人であふれるわけで。「嫌ならやるなよ」その言葉は通じないんだ。「やらなきゃもっと嫌」なんだから。

勲章4つを取らないと、閉じてしまう本

 Extra Operationは2014年3月に実装された。攻略しないと次の海域に取り掛かれない従来海域とは違うやる必要のない海域。の、はずだった。攻略するともらえる勲章だって、いかにもよくやりましたねという挑戦の象徴に見える。この数は宝である。俺はこれだけ頑張ったんだぞという。それでよかったのに……。

  そう、改装設計図の誕生だ。せっかく作った海域を皆に楽しんでもらいたい。大変な海域だから、報酬を置こう。良かれと思って、キャラ手に入れたい。帝国海軍再建したい。「これくしょん」したい。物語を重視する人たちに対して山頂に宝をおいたのだ。山道は人で溢れかえり、ぶつぶつとした文句で溢れかえる。山の麓ではどうしても山に登れない人たちの怨嗟であふれる。
 これは挑戦を重視するプレイヤーにとっても良いことではない。楽しくて山に登ってるのに、その山のことをクソミソに言われるのだ。名誉は消え、「あんな山に登って楽しいの?」などと聞かれる始末だ。何でそんなこと言われなきゃいけないんだ? 間違いなく楽しいから登っているのに……。

イベントをクリアしなければ、バッドで閉じてしまう本

 14年夏イベント、最終海域E-6。「本土強襲」だったが、運営からの言葉は「参加は任意」であった。

 これについて細々言う必要もないだろう。

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[画像追記] 使用できないため参加は任意ってのもひどい話だ。

 本土防衛なんてやらなきゃ寝覚めの悪い物語を用意しておいて、「任意」ってなんだよ。

 その上、この海域の存在は不正アクセスによって流れなければ存在すら明かされなかった。出撃制限システムが実装されていたので、ひとつ間違えると「物理的にクリアが不可能」という状態になっていたわけだ。これだけじゃない。アップデートの度に信じられないことが増える。もう誰も運営を信じない。信じられない。

もはや何だかよくわからないけど皆突撃する

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  だから今回も、みんな必至に突撃した。

 「照月」は今後いつ手に入るかわからない。「秋津洲」のように次回の海域攻略に必須になる。「カタパルト」のように改二に必要かもしれない。「甲勲章」は持っておかないと……。

 「反撃!第二次SN作戦」のExtra Operationは本来やらなくていいはずだ。だってExtraって言ってるんだから。でもそれをクリアしないと「照月」は出ない。だからぶつくさぶつくさ言いながら攻略するハメになる。「挑戦者向け海域」なはずなのに、別に挑戦者じゃないプレイヤーも登ることを強要される。そして挑戦者は言われるわけだ。「こんなの面白いなんて頭おかしいんじゃないの」そして挑戦者は言うわけだ「俺はこれくらいがいいのにそんなにヌルゲーがいいのか」

 イライライライラと。

 緩やかなソーシャルは今や鉄火場だ。この地獄を作り上げたのは、運営に他ならない。

 お見事。すべての人を満足させるのは難しいけど、すべての人を不幸にするのも難しい。

 すべての人を不幸にする。それをやり遂げた運営には拍手しかない。

 

 拍手する。拍手するから。

 

 頼む、もうやめてくれ。

 

 

 

 

システムと物語の上下関係、意図的な艦娘ロストからのあれこれ

艦娘を意図的にロストする事に限んないけど、この手の話は、プレイヤーのマナーとかじゃなくて、システムの問題だと思うよ

 意図的なロストはともかくもめる。論じ合っている同士の話が噛み合わない。平行線を辿ってイライラして、最後にはお互い一歩も引かないバリケードから火炎瓶を投げ合って炎上している。そしてお互い言うのだ。「なんで楽しめないのだ」と。そろそろ終わらせたい。だからまとめてみた。

 誤解の無いよう、今回の記事における「物語」は以下のように定義いたします。

  • プレイヤーがゲームに没入することによって得た主観的体験や考察。なお、ゲーム内のシナリオは「システム」の中に入っているものとします

楽しいゲーム「システム」と楽しい「物語」

死んだマリオたちはどうなるのか

gigazine.net

 スーパーマリオは楽しい。

 そこの所否定する人はまあいないと思う。しかしこのゲームよくよく考えると不思議だ。なぜ奥行きが無いのだろう。なぜブロックにコインが仕込んであるのだろう。何より、マリオの機数とは何なのか。ワンナップキノコで何が増えているのか。死んだマリオたちがどこへ逝くのかという自分の中の「物語」を考えると夜は眠れる。だってそんなこと考えてもしょうがないだろう。ゲームを楽しめよ。うんその通り。いちいち考えていたらキリがない。RPG序盤の敵はどうして弱いんだろうとか。FPSはなんで時間が経ったら回復するんだろうとか。どうして無視して遊んでられるんだろうね。

楽しいゲームの「システム」は無精者

greens from the garden

 結局、プレイヤーにとって、ゲームとして楽しい「システム」と自分の中で持つ楽しい「物語」とは別腹というわけだ。

 「バイオハザード」ではハーブがあればどんな怪我でも治る。包帯を巻く必要もないし、止血剤を使用する必要も、輸血をする必要もない。緊急スプレーを一吹きして何が治るのか。ひょっとするとT-ウィルスはハーブで治るのではないのか。

 ゲームと言うのはかなり色々と簡略化されている世界である。複雑な回復アイテムを取り揃えてもしょうがないし、どう考えても普段生活するのに邪魔だろといった謎解きセキュリティが設置されていたりする。よくよく考えるとこんなおかしな話はないんだけど。

 でもそりゃそうだ。その方が楽しい。必要な所は複雑であれば楽しい。余計なところで複雑で不要な「システム」が重ねられたら楽しくない。頑張ってその辺りに挑戦した作品がある。RPGSDガンダム外伝 ラクロアンヒーローズ」だ。このゲーム。ゲーム開始地点付近の敵が強く、冒険の扉を使って簡単なところから攻略する。なるほど、RPGにありがちな魔王最初から本気出せよ感を頑張って消したのだ。キャラゲーだが普通におもしろいゲームであった。でも、後に続くRPGは、やっぱり魔王最初から本気出せよ「システム」が続く。

 そりゃま、そうだよね。不自然さよりも、ゲームが楽しければいいじゃない。そうだね、じゃあストイックに、ピーチ姫を救う目的なんて消してしまおう。敵だって記号でいいだろう。背景もいらないね。え、ちょっと、待って。あれ? 何でそんなに睨んでるの? 何でそんなに楽しくなさそうなの?

楽しい「物語」を育てる「システム」

 「スペースインベーダー」でなぜプレイヤーはインベーダーを倒しているんだろう。しかも一機で。軍隊とかいないんだろうか。うん、考えても仕方ない。ゲームを楽しもう。でもさ、もしここで地球を救うんだとか、あったらきっとこのゲーム、もっと楽しくならない?

 シューティングゲームの無駄に壮大で絶望的な設定やテキストストーリー(世界観)はこうして積み上げられた。シューティングゲーム自体が多く作られ、違いを出すためにも、ゲームを楽しくするためにも、たった一機で多くの敵に挑む。自分はそのパイロットだ。盛り上がる世界観を入れた楽しい「システム」から生まれた「物語」による楽しさによるツープラトン技。

 FM-TOWNS(覚えている人いるのかこれ)にライザンバーと いうシューティングがあった。私をシューティングにはめた作品だ。この作品の背景はこうだ。

 人々が安隠とした日常生活を貧っている時代。
 有史以来、地球から発せられる電波、光などあらゆる種類の電磁波は、3万光年を隔てた銀河系内絶対座標に巣くう『ゾウル・エンパイア』を呼び寄せてしまった。
 自分たち以外の如何なる存在も許さぬ彼等の侵攻は、瞬く間に地球全土を席捲し、人類を含む全生態系の崩壊は目前に迫っていた。
 最も高い逆転勝利の可能性はただひとつ。敵母星に直接侵入し、その中枢を破壊、すべての機能を停止させるしかない。墜落した敵アタック・デバイスを復元改造した『RT-X-32』、機体コード『エリミネート・スキャナー』は、勝率5千6百万分の1の戦いに今、挑む。

 熱い。無駄に熱い。

 何で単機なんだってシューティングと言うジャンルがそうなんだから仕方ない。でもそれを絶望的な世界観で香りづけしている。世界観は香りのようなものだ。味が良くても鼻が詰まっていたら料理の美味しさは減るように、世界観の欠けた「システム」は楽しくてもプレイヤーの中の「物語」が膨らまない。どうせやるならやっぱりお姫様や世界を救ったという体験が欲しいじゃないか。世界観が入ると楽しい「システム」は楽しい「物語」を生む。ちょうど焼きとうもろこしに醤油を塗るように。

  なるほど、「システム」に世界観を入れれば楽しくなるのか。じゃあもっと楽しくしよう。絶望的な世界観で、コンティニューなし残機はなし! どうだ、面白いだろう? あれ? 何でまたそんなに睨んでるの? 何でまたそんなに楽しくなさそうなの?

はじめにシステムありき

 間違ってはいけない。ゲームは楽しい「システム」あってのものだ。

 絶望的な世界観が入っていても、残機はないといけないし、コンティニューだってなくてはならない。マリオはたくさん死体を積み重ねなければならないし、世界でひとつのお手伝いロボットロックマンは花火大会ができなければならない。

 では何で皆それに文句を言わないんだろう。いや、だってそういうゲームだろ? さぁなぜそう思ったんだい? FPSやってて自動で体力回復してくれないとか、回復するのに手術するバイオハザードとかやってられるだろうか。楽しくないよね。きっと。

 マリオでヨッシーを乗り捨てることが半ばネタになっているけど、ヨッシーの気持ちを考えたことがあるのか。可愛そうだと思わないのか? そんなこと言われても、困ってしまう。そんな事こだわってたら、クリアできない。楽しくない。

www.pixiv.net

 命が幾つもある世界。ハーブでなんだって治せる世界。それは奇妙で珍妙だけど、楽しいからこそ。こまけぇこたぁいい。そう受け取ってくれる。え? それでいいの? いいんです。「システム」が楽しければ、プレイヤーは自分の中の「物語」との多少の齟齬くらい目をつぶってくれる。

メリットがあるならプレイヤーは自分の中の「物語」を無視しようとする

 デスルーラがまさにそれだ。本来敗北とはデメリットが伴うし、プレイヤーの中の物語との齟齬後もきたす。でもそれが瞬間移動できるといったメリットが上回るなら、じゃあ、死のうか。ひどい話だ。意図的に殺されるキャラクターの気持ちは考えているのか? 考えても仕方ない。色々とメリットが有るんだから。ここは目をつぶろうじゃないか。

 死ねばロード画面に戻されるとか、セーブリセットできないとか。気をつけてやらないと、キャラロストで今までの時間が無駄になるよというシステムもある。「や、り、な、おし! そっれ、や、り、な、おし!」。WizardryTRPGならキャラを作り直して一からだ。

ゲームポット、WIN「Wizardry Online」死亡したキャラクターが消滅する「ロストシステム」を公開 - GAME Watch

 >>や、り、な、おし! そっれ、や、り、なーー
 >>しかたない、使い捨てキャラで大事な育成キャラを守ろう
 >>ーーえ?

「システム」は「物語」より強い

メリットがあるならプレイヤーは自分の中の「物語」を無視しようとする
(大事なことなので二回言いました)

Infantry

 Wizardryは架空の世界がテーマだけど、史実をテーマにしたってそれは変わらない。

 艦これに限らず、第二次大戦をテーマとしたゲームは多い。シュミレーションの常として、ユニットのロストは付き物だ。だから虎の子のユニットを守るために、新規生産ユニットを捨て駒とするプレイングは良くある。

 「ワールドアドバンスド大戦略」というセガサターンシミュレーションゲームがある。このゲームは第二次大戦をテーマにかなり作りこんだ珠玉の逸品だ。漫画日本の歴史程度しか知識がなかった私は、日本軍で初めて最初のステージ、てっきり真珠湾かと思って現れた ノ モ ン ハ ン の文字に面食らったものだ。

 シミュレーションの常として、歩兵などのユニットが生産できるのだが、生産したてのユニットでもそこそこ戦えるのだ。となれば何が起こるか。

 我が精鋭のための捨て石となれ

 顔をしかめる人もいるだろう。しかし、日本軍戦車がまるで中盤以降連合軍ユニットに歯がたたない史実志向。強力な海空ユニットの使えないインパールマップや沖縄戦マップ。歩兵や砲兵を捨て石に使わないととてもではないがクリアはかなり困難になる。

  • 「システム」がユニットに熟練度を設定している以上、大事に育てたユニットに愛着を持ってしまい、使い潰すのに躊躇する。
  • 「システム」が史実をなぞっている以上、ミッドウェー海戦マップで絶対勝ってやろうと思ってしまう。
  • 「システム」が生産したてのユニットに戦力をもたせているからこそ、マップ勝利のために平気で使い潰せてしまう。
  • 「システム」を楽しむために、「物語」は創りだされる。
  • 「システム」で楽するために、「物語」は無視される。

 全ては土台である「システム」のなせるわざ。「システム」によって、「物語」が補完され完成する。土台である「システム」が壊れれば「物語」が破綻する。

 逆はない。ないんだこれが。

 納得いかないかもしれないけど、テキストストーリーも「システム」の内。AVGは選択肢とテキストストーリーが二人三脚で歩んでいく。テキストストーリー展開上選択肢がないことも含めて「システム」。「君が望む永遠」ってプレイヤーが任意に選択できたら成立しないよね。そうういうところをかなりプレイヤー側が補完して成立してる。

 有名なところだと、サンサーラ・ナーガ2のテキストストーリーのためにどれだけいろんな事に目をつぶって補完したプレイヤーが居ることか。あんまりにも目をつぶらなきゃならないことが多すぎると楽しいとは言いがたくなる。だからサンサーラ・ナーガ2は未だに賛否両論。せっかくの「物語」を「システム」が否定してくるんだ。

「システム」が「物語」を潰しにかかる

 個人差はあるが、プレイヤーの「物語」を補完しきれる許容は、ゲームシステムのメリット・デメリットで機械的に決まる。「物語」は、「システム」が許す限り「物語」として続く。しかしメリットやデメリットが上回った途端。これ、ゲームだし。と酔いが覚めたように「物語」を無視する。デスルーラだってするし、クリアに邪魔な味方をわざと殺す。

 ストーリーの都合で死ななくなってるキャラが居るとすれば、容赦なく盾にしたり使い潰したりすることは良くあること。

 つまり「艦これ」における艦娘の意図的なロストと言うのは、システムでメリットがあれば、皆やってしまう事なのだ。 

 えっ!? 自分はやらないよ!? と言いたい人は居るだろう。そりゃそうだ。艦これだと悲痛な旧日本軍を扱うコンテンツだからその感情は正しい。艦娘を意図的にロストすることは納得出来ないと思う。じゃあ聞こう。艦これって艦載機を消費するよね。

あれパイロット死んでるけどよくそんな残酷なことできるよな。

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 って言われたら困惑するだろう。そりゃそうだ。艦載機消費を避ける手段はゲームシステム上ないし、制空を取ることは非常に重要。「妖精さんだから大丈夫」「救助されてる」「艦娘とは違う」とかでフォローはするけど、やってることは艦娘のロストと同じとを言おうと思えば言えるのだ。でもこれでいや違うんだと言いたくなるのは当然のこと。これは「物語」の問題じゃなくて「システム」がそうなっていて、プレイヤーが楽しさのために補完している事なんだから。

戦場に女の子出すなんて最低だな。

 いや、でも、だって。色々言いたくははなるだろう。それを言っちゃあ、おしまいよ。どうしておしまいかって? 各人それぞれのメリット・デメリットの許容値が違うだけの話。「システム」が許しているなら天秤にかけてメリットがあるかぎりそれは「物語」を無視して行われる。こういうことは個々のプレイヤーの「物語」の押し付けにすぎない。程度の問題? その程度は誰が決めた? その正しさは誰が保証してくれる?

 こんな押し付け合いは、楽しくない。プレイヤー同士が罵ったり、メリットあるからとキャラをポイ捨てするようなことは、楽しいとは程遠いと思うんだ。「システム」が「物語」を侮辱する。さぁて、困ったもんだ。

 じゃあ、意図的なロストにペナルティを課そう。そう言う発想が出た人はいるだろう。ありがとう。やっと同じ結論に至ることができた。そう、やっぱりこの手の話を解決するのは、「システム」なんだ。

だからシステム帰っておいで

Back from the War, about 1918

 この問題の結論はここだ。各プレイヤーで意識の差異があるんだから、プレイヤーのモラルに問うて排斥しあうことは意味が無い。それは突き詰めれば自分一人以外のプレイヤーを全て排斥し終わるまで終わらない戦いでしかない。

 だからゲームの話をしよう。プレイヤーの話はやめよう。

  プレイヤー同士、意識の高いの低いの、トッププレイヤーだのゆとりだの、マゾだのおかしいのだの嫌なら辞めろだのいうのはやめよう。楽しい「システム」は何なのかの話をしよう。

 マナーと「システム」の混同はよく起きる。演習をわざと経験値が少なくなるようにする嫌がらせ編成も、これはゲームの話なんだから「システム」の話をしないといけない。

fpsjp.net

 メリットで機械的に決まれば人はたやすくそれをやってしまう。即物的なメリットやデメリットがあれば人は簡単に転ぶ。ソーシャルゲームの「ファントム オブ キル」では、いわゆる友軍ユニットが選択できるのだが、選択したユニットのプレイヤーにガチャが引けるポイントが届くようになっている。皆嫌がらせより、競って必要とされるようなユニットを置くわけだ。現金だね、ほんと。そんなにうまくいかないかもしれないけど。

それでやっとマナーの話ができる

 ゲームとプレイヤーを分けることができて、はじめてマナーの話ができる。

 艦娘のロストを嫌だと思うプレイヤー達に見せるために、わざとロストさせた様子を見せに来るのは、もうゲーム関係ない。単なるプレイヤーに対する嫌がらせだ。

 同じくらい、他のロスト前提のプレイの様子を、ロストを嫌なプレイヤー達に見せて、このような行為はうんぬんかんぬん言うのも、ゲーム関係ない。自分が不愉快になったからっておすそ分けする必要はない。ただの嫌がらせだ。正しいと思ってる分嫌がらせより質が悪い。

 そりゃ私だって一度艦娘を沈めた後は酷いことになったから言いたくもなる。それ以来絶対沈めないようにプレイしてるし、他プレイヤーの鎮守府で沈んでる艦娘を見るは楽しい物じゃない。

 でもそれは「システム」の話だからこう言う。ロストは構わないが、せめてレベルの意味を多少はくれないか、と。レベルがカンストした艦娘が1-1で小破するような事はもうやめにしてくれないか、と。

 

 みんなでしあわせになろうよ。

 

艦これのランダム要素が生んだ「物語」の功罪

艦これ運ゲー論は飽きた。飽きたんだ。

いい加減このメビウスの輪から抜け出したい。

翻訳記事:ランダム性 | スパ帝国

読み物|マジック:ザ・ギャザリング

cr.hatenablog.com

cr.hatenablog.com

 「運ゲー」という言葉は広い。そんな言葉の定義論をやってあってるの違っているの言ってもしょうがない。大事なのは、間違いなく侮蔑の意が込められている「運ゲー」という言葉を、何が叫ばせているか、だ。
 >>何をしても無駄。できることなんて無い。せいぜい祈るだけ。ああ運ゲー運ゲー
 >>おいちょっと待てそんな言い様はないだろう。
 この争いが13年秋から延々と続いている。もう飽きたんだ。そのたびに説明するのもうんざりだ。だからここにまとめておく。

  • 艦これは結果にランダム要素が強く絡むゲームである
  • ランダム要素が生む「物語」
  • 調整に失敗したランダム要素が「運ゲー」と叫ばせる

ランダム要素が結果に絡む

入力に対する出力がどうしたって安定しない

Heroica RPG - The Battle of Drakencourt

 ある成長要素がある、CPU相手のゲームがあったとする。
 Lvがカンストしたユニットだけで全ステージを挑戦しよう。そうなった。
 全く同じプレイングをしているのに結果が一定しない。さて、こういうゲームは結果に対してランダム要素が強く絡むと言える。普通このようなことが起きることはまず無い。Lvがカンストしていればプレイングが同じなら同じ結果。つまり、プレイングを間違えなければ結果は常に勝利だろう。受けるダメージは0、与えるダメージは高く、2,3ターンで終了。そういうものだ。これが普通のゲーム、この結果が常に敗北なら、バランス調整に失敗したクソゲーと誹られる事になるだろう。
 さて艦これはどうだろう? Lvカンスト編成で延々と一つの海域を攻略したとする。100%完封できる? そんなわけはない。だって1-1でLvカンスト艦が外したり小破するんだから。キラ付け作業の時に散々カスダメを食らって攻撃を外す自分の艦娘に目を覆った人は少なく無いだろう。
 「なあ、頼むから、Lvカンストしてるんだから結果は確定させてくれよ」
 そう思うのは人情だろう。ただここでそう聞いた中で、「それ、面白いか?」と思った人がいるかもしれない。そんなあなたは、別に間違っちゃいない。

結果がわかりきっていると、作業になる

 信長の野望。全国の半分以上を取った中盤以降のダルさ。このダルさは信長の野望プレイヤーにはおなじみだろう。だいたい戦国の群雄を配下に収めたら特にやることはもう無いのだ。武田家臣団と織田家臣団が揃ってガンパレード・マーチを始めればもう終わったようなものだ。ここからエンディングに行かず終えてしまう人もいるだろう。Lvがカンストしているユニットと言うのは織田、武田家臣団のようなもので、これ出しゃ何したって勝てる。もう結果は見えている。後はAIに任せて本でも見ておこう。
 スーパーロボット大戦で育ちきったアムロが雑魚を相手にする。もう戦闘シーンはカットだ。飛ばしてしまおう。なんでって、わかりきった結果は面白くない。それの繰り返しとなると、もう本当に面白く無いんだ。

実際の戦争をモチーフにしたゲームの抱える「ランダム要素」への憧憬

Napoleonic Wars - 07

 実際の戦争をモチーフにしたゲーム開発者はしばしば結果にランダム要素が強く絡む「ウォーゲーム」を視線の端に捉えることとなる。
 「ウォーゲーム」ってなんぞやと問われると、元々は実際の軍隊における「机上演習」をもう少し簡略化して娯楽にしたものだ。当たり前だが、「机上演習」。つまり実際の戦争を想定して、「練度(Lv)が高い兵は必ず勝利する」と言う想定はまず立てない。
 そりゃ、何があるかわからない。「伊勢」の新米艦長が、米機動艦隊の攻撃をことごとく回避する指揮を取ってみせる。なんていうことが実際にあるように、ぽっと出の敵指揮官がヤン・ウェンリーだったからこちら側の練度(Lv)が高い軍が全滅しました。なんてことが実際あるものだからどうしようもない。ましてや演習である。「そんなこと、ありえない」と高をくくるわけにも行かず、不測の事態も想定する必要がある。だからダイスを振る。機動部隊が全滅しても、主力艦が沈んでも。
 だってしょうがないじゃないか。

「米空母を沈めようとしたら流れ魚雷が戦艦と駆逐艦に当たりました」だとか
「天候のせいで飛行場空襲が遅れたら、敵防空機が給油のために降りてて大戦果」だとかあるんだから。

 よっぽどありえない事象でも起こらない限り、胃に穴開けながらダイス振るしか無い。そして実際の戦争をモチーフにしたゲームをしたい人は、ただ船や兵を操りたいわけではない。上記のような戦記譚、つまりどこかで、こういう「物語」を欲している。

ランダム要素が生む「物語」

TRPGはなぜダイスを振るのか

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 物語がほしいからダイスを振る。
 強キャラが無双するのは面白く無い。

 パラメータが高いキャラは必ずうまく行く。弱キャラそこのけ強キャラ通る。そこに一期一会の、再現不可能な、奇跡のような物語は生まれない。
 強キャラがボスに放った止めの一撃。ダイスを振った! ピンゾロ……ファンブル(大失敗)。プレイヤー同士が顔を見合わせ、ゲームマスターも目を点にする。そんな状況、胃は痛いかもしれないけど、きっとすごく楽しい。終わった後反省会はきっと大盛り上がりだろう。忘れられない物語が生まれたのだ。ランダム要素がなければ、きっとこんなことはなかったはずだから。

「物語」を生むゲームは、やめられない止まらない

 ランダム要素が結果に絡むと、どうしてこんなに面白いのだろう。
 風来のシレン。盾も剣も上質なのに、おにぎりが一向に出ない。草を食いつなぎ、ぴーたんを追いかけて腹を減らし落とし穴に落ちて。いつものプレイングをしているのに、どうして今日はこんなシビアなんだ、あ、餓死した。プレイしたことがあるなら、誰しもがある話だと思う。ここでお前のプレイングが悪いと言い切るのは危険である。だっておにぎりがかならず出る入力はないのだから。おにぎりを落とす敵が出ますように、おにぎりが出ますように、そう祈りながらプレイングでひとマスひとマスを生き伸びるしか無い。
 これがやはり、最高に楽しい。
 女神転生もやはり事故死がないと張り合いがない。こうでないと。そして何度も何度も同じゲームを周回する。だから皆未だにスーパーファミコン初代風来のシレンを楽しく遊べる。腕が鈍ったって磨いたって、変わらずそこに物語はあるんだから。

 ランダム要素のいいところはここだ。入力が出力を確約しないということは、腕のあろうとなかろうと、「物語」が成立する。

「物語」はゲームの外へ

 スタンドアローンのゲームというのものは大体一人で黙々とやるものだ。もし外で話すとしても、あの話は良かった、あのキャラ可愛かった、とゲームそのものの話か、せいぜい攻略についてとなる。
 「物語」のあるゲームはそれだけにとどまらない。あそこでああだったの、ああいうことが起きたの、「物語」を持ち込んで話題が広がる。シレンなら「スーパーゲイズ」と一言言えば、集まったプレイヤーそれぞれの悪夢にも似た思い出が蘇る。「真・女神転生3で全滅したら上がってくるスレ」が伸びるのも、それぞれの「物語」を語りたいのだ。

艦これSNSと結びつき、それぞれの物語が生まれた

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 忘れられない事がある。
 13夏のイベントのことだ。最終海域、ゲージは削りきった。後はボスを沈めるだけ。でもちっとも沈まない。何度も撤退し、資源もほぼ尽きそうになった。当時は効率のよい遠征も無く、尽きればギブアップだった。
 そこで私は天龍をいれた。
 ドロップした時から惚れ込んで、ずっと旗艦で使ってきた。パラメータは皆さんご存知のように軽巡中最低の旧式艦。そもそもメインに入れるような艦娘ではない。でも惚れ込んでるんだからしょうがない。だから彼女を旗艦に入れて、それでダメなら諦めよう。そう考えた。
 その彼女を旗艦にして二回目のトライ。夜戦でカットイン一発ボス撃破を果たしてくれた。
 はっきり言ってランダム要素の産物であるのだが、それでも大変嬉しかった。それぞれの提督がこの手の自分だけの「物語」を持っているだろう。
 SNSはそういう物語を語るには適切な場だった。絵だったり、スナップショットだったり、「俺の艦娘がやってくれた」と盛り上がり、「物語」を語る。だからこそ艦これは、楽しかった。

運が良ければ勝てるから、運が良くなければ勝てないへ

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 決定的になったのは13秋以降。いや、先行雷撃が生まれた13夏からほころびは始まっていたのかもしれない。
 艦種縛り、装備縛り、ダメージを計算すれば雷巡じゃないといけない。次から次へと海域をクリアするためには条件が積み重なる。

  • 制空を取らなきゃいけない
  • 先行雷撃はできなければならない
  • 索敵値を上げないといけない
  • 最終的な火力は高くないといけない
  • 水偵積めないといけない
  • メコンは積めない
  • etc...

 烈風箱で艦隊枠を潰して、雷巡がボスまで大破しないことを祈る。雷巡より安定を取るなら大和型か。空母棲姫の素の火力180はあらゆる艦種を一発大破する。それでもまだ大和型のほうがマシか。とりあえず考えられる脳筋編成を組んで、後は良い目が出るまで繰り返す。ひたすらサイコロを転がす作業だ。また一発大破撤退だろう。わかりきった結果は面白くない。それの繰り返しとなると、もう本当に面白く無いんだ。あれ?

作業を消すはずのランダム要素が、作業を生んだ

難易度、という名の失敗

 どうしてこうなった。
 結果がわかりきったら作業になって面白く無い。結果にランダム要素を絡ませれば作業は消え「物語」が生まれる。でも、サイコロを転がすだけの作業になってしまった。
 どうしてこうなった。
 簡単だ。「難易度」と称して、ただ敵を強くしてしまった。調整の失敗。作業を生む「強いユニットは、必ず勝つ」が入ってしまった。空母棲姫に睦月型どころか大体のユニットはまず勝てない。敵より自分たちが弱い。その結果がわかりきって、なおかつその中で良い目を引いてようやく勝てる。
 ボスを集中攻撃すれば、終わるのに。

良い「物語」を生むはずのランダム要素が、悪い「物語」を生んだ

 提督たちは自分たちの艦娘は馬鹿なんじゃないかと言う物語を持たざるを得なくなった。何でお前は1-1の駆逐艦にダメージを食らっているんだ。何でお前たちはボスを狙わずどうでもいい食べこぼしを狙うんだ。
 今まで物語を生んでいたシステムが噛み合わなくなってくる。
 生むのは愛すべきはずの艦娘へのヘイトだ。何も指令できないんだから仕方ない。良い「物語」は消え失せ、艦娘が愚かであるという悪い「物語」ばかりが積み重なる。ああ、これは作業だ。しかもやってればいつかは終わる作業じゃない。いつ終わるかわからない作業だ。なんということだ。何よりそのいつ終わるかわからない作業を終えなければ、艦隊はこれくしょんできないのだ。
 そして叫ぶのだ。
運ゲーだこれ!」

そして夢から醒める

 定義論は避ける。
 この場合の運ゲーとは、こういうことだ。
 「いつか終わる作業」を超えた、「いつ終わるかわからない作業」。モノポリーの刑務所だって三回目で出られる。いつか終わるったってダルいのに、いつ終わるかわからないなんてもうどうしたらいいんだ? ダイスの目が揃うまで? ああ、運だ。
 そりゃそうなる。
 こうなったら、運営を怒るしかない。もっとちゃんと調整しろと。そうしか言いようが無いんだ。もう一度あの海を返してくれと。
 しかし上記のように「いつ終わるかわからない作業」へとシステムが積み重なっていく。
 嫌ならやるな? やらなきゃ艦隊がこれくしょんできないんだ。
 嫌ならやめてしまえ?
 
 うるさい。私は天龍ともう少しこの海に居たいんだ。